尊大かつ脆弱、下品かつ繊細/『デイブ』S1、2感想

 このブログでも度々取り上げているコミックラッパーのリル・ディッキーが自らを主人公にドラマ化した『デイブ』のS1〜2を完走。ディズニー+で配信中のこのドラマはリル・ディッキーが製作総指揮している上に、大傑作『スーパーバッド』のグレッグ・モットーらとケヴィン・ハートも製作総指揮として参加、うちモットーラはS1E1〜E3まで監督しているので、コメディ映画ファンは必見のシリーズ。

 

 また、僕自身はヒップホップに明るくないが、マックルモア、ジャスティン・ビーバー、マシュメロ、ケンダル・ジェナー、ドージャ・キャット、リル・ナズXなど僕でも知っている豪華アーティストが毎話ゲスト出演しているので、音楽ファンも必見のドラマではないだろうか。(ちなみに、NBA界からはカイル・クーズマとカリーム・アブドゥル=ジャバーも登場!)

 

 リル・ディッキーのMVでは彼のユーモラスな歌詞に合わせてどれもこれもコミカルな筋たてなものが多いが、彼が一般的にラッパーではなく「お笑いラッパー」として見られていることが自虐的に描かれるのがお約束だ。大ヒットした『フリーキー・フライデー』の冒頭では、リル・ディッキーのファンだと名乗る男が登場するも、本人の前でわざわざ「彼はラッパーというかコメディラッパー」なんだけどとバカにする。

 

 その後クリス・ブラウンと体が入れ替わる展開にゲラゲラ笑って見ていたが、よくよく考えるとこの下りをいつも組み込んでいることにはリル・ディッキーのラッパーとしての負い目やコンプレックスが感じられる。スヌープ・ドッグとコラボした『プロフェッショナル・ラッパー』では、スヌープ・ドッグの音楽会社に面接に来たという体で、ユダヤ系の家庭で生まれ育ち、成績優秀で学校を卒業し広告マンになったラッパーらしからぬバックグランドを申し訳なさそうに歌い上げる。

 

 『プロフェッショナル・ラッパー』は彼のデビューアルバムのタイトルにもなったが、その中に収録されている『モリー』という曲が興味深い。この通り、リル・ディッキーは基本的にはコミカルな歌詞ばかり歌っているが、『モリー』は別れた元カノについての曲で、MVはその元カノの結婚式に参加したディッキーが、彼女との関係よりも自分のキャリアを優先したことを悔やむ。曲調も映像もおフザケなしの美しくエモーショナルなもので、「小さいチンコ」という芸名を持つ男が持つ繊細さが僕には意外で驚いたのだった。

 

 さて、話を『デイブ』に戻すが、このドラマは自分が史上最高のラッパーであることを信じてやまないリル・ディッキーことデイブ・バードが、音楽業界を登っていくことを目指す物語だ。彼は常に根拠のない自信に満ちていて、いつも早口でジョークを撒き散らしているけれど、黒人ラッパーたちの前では引け目を感じて本領を発揮できないし打たれ弱い

 

 実生活でもディッキーのハイプマンを努めるGATAが本人役で登場しており、ディッキーの周りにはいつもサポートしてくれる友人たちがいるが、感謝の言葉を述べるのが苦手なディッキーはむしろ彼らに辛く当たって傷つける。このディッキーの仲間たちへの態度は観る人によっては共感し辛く、海外のレビューでは賛否を呼んでいるそうだが、不器用な男の不器用な生き方として思い当たる節があって非常によくわかる。また、新曲を作らなきゃいけないのに何もアイデアが浮かんでこず、現実逃避でゲームに打ち込む様などは自分のことを見ているようで思わず恥ずかしくなってしまう。

 

 基本的に『デイブ』はリル・ディッキーの数々の迷曲たちと同じく、下品でおバカなコメディシーンが多くて腹を抱えながら観てられるが、なんとも印象深いドラマとなっているのはこうしたディッキーの強烈な繊細さが時折顔を出すからだ。少年時代のトラウマと向き合ったり、彼の内面世界に突入するトンデモないエピソードまであるが、やはり本作に登場するデイブの彼女「アリー」に関するエピソードはどれもこれも痛々しいくらい美しくて切ない。

 

 こうしたドラマを盛り上げているのは間違いなく演出と撮影で、ラッパーとして成長していくディッキーを描いた第1シーズンの撮り方はまだ地に足がついていたが、彼のエゴが肥大化する第2シーズンでは予算もあがったのか、映像の作り込みレベルが明らかに上がっていて、幻想的ですらある。ディッキーの繊細さを表現するために各話を任された監督たちがどうやって見せていくのかを楽しむのも本作のポイントのひとつだ。

 

 現在、S2までしか配信していないが、リル・ディッキーによるとシーズン3も計画中とのことだ。現実ではいまやスターであるデイブも、ドラマの中ではまだラッパー街道を歩き始めたばかり。1話あたりの長さも30分未満でサクサクと観れるので、彼が史上最高のラッパーを目指す道のりを見守って見てはいかがだろうか。