『トップガン:マーベリック』の偉大さ、しかし抱く違和感。

 アカデミー賞音響賞受賞記念、そして嫁さんが観たいというので、『トップガン:マーベリック』をIMAXレーザーで観に行きました。公開から1年弱経ち、その間にChatGPTやAIアートが急速に広がって、インターネットも世界も目まぐるしく変わり、人の手による創作物の価値が大きく揺さぶられる中、冒頭でマーベリック(トム・クルーズ)が発する「だが、今日じゃ無い」とセリフが公開当時とは全く異なる角度で心に響きました。


 こういっちゃなんですが、ディズニーが作る数々のIP映画はAIが近いうちに作っても驚かないですが、トム・クルーズが文字通り命をかけて作っている映画はやっぱりAIには作れないと思いますよ。なお、上映前には『ミッション:インポッシブル デッド・レコニング』の特別メイキング映像が流れたんですけど、劇中に登場する予定の超危険なバイクスタントに挑む理由をトムが「小さな子供の時からやりたかったし(I wanna do it since I was a little kid.)」と語っていて、アホの子過ぎて思わず笑ってしまいました。*1

 

 で、コロナ禍から観客を劇場に呼び戻した『トップガン:マーベリック』の偉大さはひとまずおいておいて、僕は公開当時からずっとこの作品のストーリーに違和感を抱いていました。もう公開時から時間が経っているので遠慮なく書きますが、それは「濃縮ウランプラントがある」という理由で、勝手に他国にミサイルを打ち込むアメリカ海軍の大義名分を正当化していることです。公開から1年も経てば気にならなくなるかと思えば、むしろ再見したことでより大きいものとして飲み込みづらくなりました。

 

 これが同じくトムの『ミッション:インポッシブル』シリーズなら、「またトムが危険なスタントをやっている!」とニコニコ満面な笑みで劇場を後にしたはずです。何故なら『M:I』シリーズはあくまでも秘密工作を主とするスパイ物だし、シリーズを通してのリアリティラインも低いので、「我々一般人が知らぬ間に世界のどこかで起きている作戦(あるいはファンタジー)」として許容しやすいからです。

 

 が、『トップガン:マーベリック』とその前作が描いているのは、実在する海軍航空隊をモデルにした物語で、しかも米国海軍の全面協力を得て、トム・クルーズのこだわりを持って限りなくリアルに描写されています。現在進行形で活動している実在の海軍をリアルに描いた映画で、戦争行為の賞賛は気まずいものがあります。

 

 例えばですが、クライマックスで米軍は巡航ミサイルを飛ばしてまず敵国の滑走路を空爆し、マーベリックたちは仲間を「死なせない」為に敵のパイロットを殺します。敵国のパイロットは全て顔が見えないようにフルフェイスの黒いヘルメットをかぶっているのが、この暴力性を隠そうとする製作陣の意図すら感じます。人命にツッコまなくても、仮にもマーベリックは敵国のF-14機を盗んで帰還している訳で、マーベリックが劇中で起こしてきた数々のやらかしよりも、このクライマックスの方がよっぽど国際問題としては大きい事態に思えます。

 

 もちろん、僕は普段ハリウッド映画やアクション映画を見るときに、いちいち「主人公だって人を殺している!」なんてつまらないケチはつけません。ですが、『トップガン』シリーズに引っかかってしまうのは、やはり実在の軍隊をリアルに描く事に拘っているからこそ、どうしたってパトリオティックになってしまいますし、現実世界の国際情勢が鑑賞中に脳裏をよぎってしまうのです。

 

 我々は中国とインドの兵士が国境で銃器も使わず、石を投げ合って死人が出て国際ニュースになるレベルの現実世界に住んでいます。また中国を例に挙げるのはあれですが、台湾統一を至上命題に思っている中国は常々戦闘機を台湾海上に飛ばしていますが、間違っても武力行使を行うことは(今のところ)しません。それがどれだけ大きい国際問題を引き起こすか分かっているからであり、よっぽどの勝算と覚悟がない限り行いません。*2そういう世界を生きている中で、いくらフィクションとはいえ、あれだけ大きな武力衝突の後で「めでたしめでたし!」で終わるのはちょっと想像がつきません。例えば、報復や新たな戦争の引き金となる可能性だって十分あります。

 

 ですが、ここまで書いておいてあれですが、実際は僕が知らないだけなのかもしれません。本当はアメリカは勝手に他国にミサイルや戦闘機を飛ばしていたり、敵国の基地や工場を破壊しまくっているのかもしれません。あまり陰謀論っぽい言い方はしたくないですが、それがニュースで報じられない可能性だってあるかもしれません。仮にそうだったとしても、やっぱり身勝手な大義名分でロシアがウクライナを攻め込んでいる時代に『トップガン:マーベリック』を気持ち良くは見れないんなぁ、と改めて思ってしまいました。

 

 しかし、『トップガン:マーベリック』はそれでも世界的な賞賛をもって受け入れられているのも注目に値するものがあります。アカデミー賞のオープニングでもジミー・キンメルは「皆んな『トップガン:マーベリック』が大好きです」とハッキリ言いましたし、割とアメリカに対して批判的な意見を持つアメリカ人の友人すら「面白かった」と言っていました。僕がセンシティブすぎるだけなのでしょうか。まあ、マーベリックも言ってましたしね、「考えるな!」って。

 

 

*1:もちろん、そのあとは「何よりも観客を喜ばせたい」という観客ファーストなトムの素敵な言葉が続きますが。

*2:もちろん、今の習近平政権はそれをやりかねない恐ろしさがありますが。