「宣教師がアフリカを悪くした」

 アフリカはキリスト教の影響が色濃い。ナミビアの高坂道路を走っていると、突如として十字架が現れる事がある。あれはなんだと地元のクルーに聞いたら、ナミビアは鉱山が主要産業で、アフリカ中からトラックが集まる国で、その運転手はあちこちで売春婦と関係を持つので、その穢れを清める為に十字架が建てられているのだという。俄に信じ難い話だが、ナミビアではキリスト教が土着の信仰と合体して風変わりな宗教を生み出しているそうだ。

 

 ザンビアの田舎町を歩いていても、あちこちに教会が建っている。国民の95%がクリスチャンの宗教国家だが、それまで陽気だった現地クルーが苦い顔して教会を指す。「いいか、アフリカ大陸を今のような貧しい土地にした原因は宣教師と政治のせいだ」

 

 どういう事かというと、16〜19世紀にヨーロッパ人がアフリカの探索を探索し、植民地化を進めた。人々を奴隷としてアメリカに売り飛ばし、アフリカ現地の人も政治・文化・言語的にも抑圧した。そうなってくると活躍するのはヨーロッパ人が持ち込んだキリスト教で、辛い目に遭っている人々が「耐え忍べば神に救われる」と信じ込まされて白人の為に死ぬまで労働力を搾取された、との事だ。

 

 彼はその後ドキュメンタリーで見たという日本の将軍がキリスト教徒を弾圧した事を嬉々として話していた。僕の奥さんはクリスチャンなんだよなぁ…と複雑な感情を抱きつつ、ザンビア人の彼の主張も分からなくはない。こういう気まずい時に何故か思い出すのは、大学時代に先輩がよく言っていた「酒の席で政治・宗教・野球の話はするな」という駄文だった。